タイの政治混乱の背景に何が?

2010年5月25日

表題:プラティープ ウンソンタム 秦 
         理事長辞任のお知らせ

前略お許しください。
 突然ではございますが、当財団理事長を務めて参りましたプラティープ ウンソンタム 秦は、その職を辞することとなりました。
 ここにプラティープ元理事長より皆様に宛てました事態の経緯をご説明する文書をお送り申し上げます。何とぞご高覧のほどお願い申し上げます。また秦辰也近畿大学教授が佛教タイムスに寄稿した文書も同封させていただきますので、合わせてご一読いただきますと、よりご理解いただけることと存じます。
 プラティープ元理事長の個人資産は凍結されましたが、皆様からのご浄財をお預かりしております当財団の口座の凍結はされておりません。因って現在も当財団の各活動は、従来どおり滞りなく推進しておりますので、どうかご安心ください。
 それでは、今後も当財団職員一同は、それぞれの職責を果たすべく邁進して参りますので、何とぞ皆様のご協力を賜りたく、心よりお願いを申し上げます。 

草々

ドゥアン プラティープ財団
理事長代理

ミンポーン ウンソンタム
Mingporn Ungsongtham    

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2010 年5 月24 日

親愛なるご支援者のみなさまへ

タイの反政府デモとその後の強制排除への対応について

拝 啓
 新緑の候、みなさまにおかれましては、ますますご活躍のことと拝察申し上げます。また常日頃、格別のご支援を賜り、厚く御礼申し上げます。
 さて、このたび3 月中旬からバンコクで始まり、その後も首都中心部の繁華街で続きました反独裁民主同盟(UDD)による大規模な反政府デモは、先日の治安部隊による強制排除によって大惨事の結末となりました。そしてそれ以降は、私に対して治安当局が個人の口座を凍結し、逮捕状を出したという報道もあり、みなさまには一方ならぬご心配・ご迷惑をおかけ致していることと存じます。謹んで、ここにお詫び申し上げます。
 今回の一連のデモは、過去一年半ほど続いているアピシット現政権が、何ら充分な経済・社会政策を実行しないばかりか、汚職も目立ち、ずさんな政治運営が続くことから「国会の解散」を要求するという趣旨で始まり、当初は平和的なデモが繰り返されていました。しかし、ご承知の通り、4 月10 日から治安部隊との衝突が繰り返され、遂には5 月19 日に治安部隊による強制排除が執行されるところとなり、85 人以上が死亡、負傷者は1400 人以上という近年のタイの歴史上では類をみない未曽有の大惨事に発展しました。
 こうした惨状をみかねて、4 月11 日以降、私はドゥアン・プラティープ財団としてではなく、一タイ人として、個人の立場で二つの行動を取ってまいりました。一つ目は、亡くなられた方々のご家族への慰問や、負傷した方々が入院している病院を訪問する活動です。犠牲になった方々はUDD関係者ばかりではなく、一般の市民も含まれていましたが、そうした人々を励まし、支援していくという目的から始めた行動です。
 しかし、その後も一向に政府側とUDDとの間で政治的な決着が見出せず、膠着状態が続いたことから、政府側はとうとう治安部隊を使って武力による強制排除を開始する準備に取り掛かりました。このことから、二つ目の行動として、私やクロントイ地区住民有志は、これ以上多くの犠牲者を出すことは、絶対に避けなければならない、武力による強制排除ではなく、あくまで平和的な手段で双方が解決に向けた努力をすべきだとの立場から、双方に対して武力を使用しないよう呼びかけることを決断し、5 月15 日以降、クロントイ区において「Stop killing!」を訴えました。しかし、結果的には治安部隊による強制排除が5 月19 日から始まり、その後はデモ隊のリーダーたちが「デモ終結宣言」をし、解散を始めたにもかかわらず治安部隊が手を緩めなかったことから、デモ隊の一部が先鋭化して騒乱状態に陥ったのです。
 タイ政府は、私が5 月15 日以降にクロントイ区内にステージを設置し、「治安部隊が強制排除を即時停止し、双方が武力行使ではなく対話による平和的手段で問題を解決すべきである」と演説を行ったことに対して、「非常事態宣言下における違法行動」という判断をするに至っています。しかしながら、私たちが取った行動は、あくまでも政府とUDDとの武力衝突を避ける目的のものであり、これ以上の犠牲者を一人でも出してはいけないという信念に基づいて取った中立的な行動です。この行動の、一体どこが間違っているというのでしょうか? また、この行動に対して、一部のマスコミでは、私が「UDD幹部である」と報道されていますが、それは誤った認識であり、あくまでも「非暴力」による解決策を求めて行った中立的行動であったことをご理解いただければと存じます。
 ご承知の通り、今回の一連の政府とUDDとの対立は、今に始まったことではなく、遡れば2006 年9 月19 日にタクシン政権を打倒した軍事クーデター以降に「反タクシン派」(PAD、黄色シャツ)と「タクシン派」(UDD、赤シャツ)に色分けされた構図で日に日に深まって来た民主化を巡る問題です。この対立構造の中で、私共は常に「非暴力」の思想に基づいて政治の動きを見極め、敬愛するプミポン国王の下でこれまで進められてきた民主主義の発展を願って活動してまいりました。しかし、今回タイ政府が取った武力によるUDDの鎮圧は、多くの罪なき人々の命を奪う行動であり、中・長期的にみれば根本的な政治解決をもたらすものでは全くないと判断するに至ったのです。
 恐らくこれからも、私に対する様々な誹謗中傷が行われ、ドゥアン・プラティープ財団に対しても政治的な圧力が加わり、運営に支障をきたすことも予想されます。こうした懸念から、私は財団を守るために当面の間、理事長職を降り、財団の公務から離れることを決意しました。しかしながら、今後も私はスラムの住民たちをはじめ、タイの貧困層の中でも最も困難な状況にある人々を一人でも多く救済していくために全力を尽くして闘っていく所存でございます。みなさまにおかれましては、どうか今回私が取った行動に対してご理解をいただき、今後ともこれまで以上にドゥアン・プラティープ財団をお支え下さり、スラムの子どもたちの未来のために、より一層のご協力とご指導を賜りますよう、心から深くお願い申し上げます。 
                                       合 掌 

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プラティープ・ウンソンタム秦

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タイの政治混乱の背景に何が? 

 3月12日から始まった今回のタクシン元首相派、反独裁民主同盟(UDD『赤シャツグループ』)のデモは、アピシット政権の弾圧を受けて4月10日には大惨事となった。死者は4月20日現在でロイター通信の村本博之さんを含めて25名(内軍人5人)に達し、900人近くが負傷した。犠牲者に対し、謹んでご冥福をお祈りしたい。
 クーデターが起こった2006年9月以降、愛国運動を展開する民主主義人民連合(PAD『黄色シャツグループ』)と、タクシン派との間で政権争いが激化し、双方の亀裂が深まった。今回のデモの要求は、現国会の即時解散と総選挙の実施である。
 この背景には、いくつかの理由がある。第一はクーデター後に起草された憲法を擁護するアピシット首相と、与党民主党への強い不信感である。タイでは97年に制定された憲法下で選挙による民主政治が展開されてきた。だが、汚職疑惑が絶えず、強引で大衆迎合的なタクシン首相(当時)の政治手法に不満を抱いた反対派がPADを結成、クーデターを誘発し、その後司法に強力な権限を与える現憲法が起草された。
 第二は、クーデター以降タクシン派の政党が憲法裁判所によって二度も解党命令を受けた上、公選されたはずの首相が二人も退陣に追い込まれた経緯がある。また、今年2月には最高裁判所がタクシン首相に汚職問題で有罪判決を下した。一昨年には違法に首相府や空港を占拠したPADへの立憲が遅々として進まない一方で、タクシン派には一方的に有罪判決が下される「ダブルスタンダード」が続いたことから、タクシン派に強い不満が鬱積しているのである。
 他にもタクシン派寄りの報道に対する激しい規制などの理由があるが、こうした現状に業を煮やしたタクシン派は、現政権を『アマータヤティパタイ』(支配者による貴族主義)と非難し、「我々民衆は『プラーイ』(被支配者の平民)」という“階級闘争”を展開している。正確な統計はないが、デモ参加者の規模や属性から言えることは、政権側が主要メディアを味方にエリートや中間層など都市住民による指示が多いのに対し、タクシン派は東北部や北部、都市の貧困層が圧倒的に多い。
 仏教会では、サンティアソーク派がPADに積極的に参加しており、サンガ上層部は現政権を押す傾向が強い一方で、タンマガーイ派や農民の一般僧侶はタクシン派の支持者が多数とされる。つまり、数では圧倒的にタクシン派が勝るものの、権威的には現政権側が圧倒的に勝っている点が窺える。この構造が今回も「逃亡中のタクシンが復権を画策する陰謀」や「王室への不敬」といった政権側の主張を後押ししている。
 だが、今回のデモから窺えることは、タクシン派の支持者が再度拡大していることである。背景にはアピシット首相の対応能力の欠如もあり、弾圧をかわしたタクシン派の多様なメディア戦略の効果と、近年の活発な地方運動の展開があるだろう。よって、アピシット首相もアセアン首脳会議が中止に追い込まれた昨年4月のデモへの対応とは異なり、対話による解決を模索した。だが、妥協点は見出せず、軍や警察内にも亀裂が生じていることから、悲劇の事態へと発展してしまったのである。
 筆者が現地で体験し、多数の死者が出た92年の『五月事件』と今回の事件との最大の違いは、前者が軍独自で起こしたクーデターが原因だったのに対し、今回は枢密院議員が直接クーデターに関与したとされ、軍部はその命令を受けて実行した実態が指摘されている点である。換言すれば、それまでは政治危機に対し国民の尊敬を一身に集めたプミポン国王が直接仲裁して事態を収束させてきたが、国王は82歳という高齢であり、入院中であることから直接判断を仰ぐのは困難ではないかと推測される。よって、将来への不安と責任が国民全体に重くのしかかっている状態といえる。
 
 国内外の誰もがこの状態を憂慮しており、国民の大半も対話による政治決着を強く望んでいるが、そのためにも、この苦境を打開するには一刻も早く双方が和解して秩序の回復を図り、タイが真の法治国家として選挙による議会政治を揺るぎないものとすることが望まれる。そして、今後はクーデターによって憲法を度々書き換えるような非民主主義的な方法を改め、タイに相応しい本来の立憲君主制を貫いていくことが慣用ではないだろうか。
 今後の成熟したタイ民衆の冷静な判断と、武力に頼らない双方の平和な解決に期待したい。
(秦辰也 近畿大学教授/SVA理事 2010年4月22日付け佛教タイムスより)

            

                                                           

                                             負傷者を励ます                                                      負傷した僧侶から事情を聞く

 

                                                         

                                  手術後の負傷者を励ます                                      巻込まれて死亡した一般市民の葬儀に参列