フラット23~24地区の遊園地に遊具を贈呈

                         

去る2月20日、アメリカ人のTom Wells氏とご家族を迎えてフラット23~24地区の遊園地にて遊具の贈呈式が行われました。

氏は今から6年前にカンチャナブリ県バーンリージアの児童センターの建設を支援されたのをはじめ、地方の学校にコンピュータ室や図書室の建設に関わられ、さらに当財団30周年記念冊子の印刷資金、「生き直しの学校」カンチャナブリ校の奨学金支援などにも協力してくださいました。

クロントイ地区の住民たちに情報を提供する コミュニティ・ラジオ

                       

 プラティープ財団では、地域住民たちが世界に視野を広げていくことと、社会情勢の変化を早急に理解できるよう、様々な情報を提供することを目的として『コミュニティ・ラジオ』を開設しました。チャンネルはFM.107.75MH.で、5キロ範囲までキャッチすることができ、日々のニュースの他に健康管理面、エイズ予防対策や教育面に関するプログラムがあります。

絵本(おはなし)づくり活動を実施

                              

去る2月24日、プラティープ幼稚園では教師や保護者を対象に絵本づくりの講習会を実施しました。今回の講習会では児童絵本の専門家チーウィン・ウィサーサ氏が指導にあたり、教師と保護者の総勢70人が参加しました。

こうした活動の目的は、子どもたちに夢や創造力を育む絵本の大切さを保護者たちに対して理解を深めてもらうことと、教師たちにも教材等のテクニックをちょっと変えることで大切な教育指導ができることを知るようになってもらうことです。さらに、午後は教師と保護者がグループ別になって絵本づくりを実践し、互いのアイデアを活かし、物語りを考案してから絵を描いていき、製本して立派なオリジナルの絵本が完成しました。完成した絵本を手にした保護者たちは、自分たちの作品に大変満足していました。今後は親子、また家族の人たちが一緒に互いのアイデアを活かしたオリジナルの絵本づくりに励んでいくことでしょう。

“バレンタインデー ”クロントイ・スラムの人々の思いやりを「ハイチ」へ!

                                              

 

 去る1月13日(現地では12日)、ハイチで大地震が発生し、20万人以上が死亡、30万人以上の被災者を出しています。災害からすでに1ヶ月以上が経過したものの、現在もなお飲料水や食料に餓えている人々が大勢います。こうした状況を目の当たりにして、大津波で同じような苦境を体験してきたタイ、スラム住民にとっても黙視できなくなってきました。

身分証明書がない、僕の人生?

身分証明書がない、僕の人生?

 「タイ人なのに身分証明書もない、僕の人生、どうしてこんなに苦しまなければならないのだろうか?...」
 正に、この世に存在しない人間の一人として生きていかなければならないのです。
バーツ君(本名サアート・プラチュムサーン)は現在21歳。彼はロッブリー県で生まれ、両親は貧しく、日雇いの働き口を求めて地方を転々として渡り歩く生活を余儀なくされていました。彼が10歳の時、両親は彼を親戚に預けたきり、その後の消息が不明となってしまいました。幼少の頃から転々とした生活で就学もできない状態で大きくなり、やがてストリートチルドレンの仲間入りをして麻薬を常用している時に逮捕され、少年鑑別所(バーンガルナー)に送られました。
そして、2004年に出所する時点で保護者探しをしても見つからず、鑑別所から「生き直しの学校」チュンポーン校に送られることになったのです。入所後、彼は皆と仲良くするように努力し、学校外教育課程で勉強し、今は中学課程を学んでいます。勤勉で真面目な性格の彼は、スポーツを好み、心身共に健全な青年に成長し、グループリーダーとして様々な活動に関っています
 ところが、去る1月1日、思いもよらない出来事が起きてしまいました。彼は激しい腹痛に襲われ、スタッフのバイクで病院に連れられて行く途中、大型バスと衝突する事故に遭ってしまい、全身(特に肺の部分)を強打して緊急な手術を受けました。入院中に2回の手術を終え、やっと施設に戻って来たものの、病状が悪化し、こんどは腸の手術が必要になりました。
 入院中に彼を見舞う両親や親類がいないばかりか、タイ人としての証しである身分証明書すらないのです。当然、彼は病院の治療費も実費負担となってしまうのです。さらに、学業を修了しても正式な卒業証書を発行されることもないのです。ですから、当財団では彼の将来のためにも両親の身元を捜し求めて、身分証明書を発行できるようにしていきたいと思っています。
 また、当財団では、2007年から専属弁護士が担当して無国籍者事業をスタートし、タイ国内で生まれたものの、国籍が取得できなかったり、出生証明書もないままでいる子どもたちや人々に対して必要な書類が取得できるよう手助けしています。昨年は24人(内6人は「生き直しの学校」在籍)が出生証明書と身分証明書を取得することができました。
 最終的な書類が取得できるまでには、保証人やDNA鑑定など様々な障害に直面していくわけですが、法的にその人の身分が認証された瞬間の喜びと人権の大切さを深く感じてしまいます。

ウアン叔母さんの余命は...

ウアン叔母さんの余命は...

   

  第1-2-3地区の狭い路地にある2階建ての家屋から悪臭が漂い、残飯の臭いが近所の人々も感じるくらいです。ウアン叔母さんは、食べ物を口に入れようと努力してはいるものの、顔全体が汚れてしまっていて、数日間も水浴をしていない姿に見えました。
 ウアン叔母さん(本名はスック・プーチャルーン、72歳)は、ピチット県の出身で、クロントイには働き口を求めて出て来ました。夫は死亡し、息子1人と娘1人もそれぞれ家庭を持ち離れて暮らしているのです。今は一人暮らし、しかも右側が半身不随なため、寝たきり状態で、ほとんど自分では何もできません。以前は孫娘が世話をしていたのですが、B型肝炎を患ってしまい、自分の治療で精一杯のようです。
 大柄のウアン叔母さんは不自由な身体なため、大便や尿など垂れ流しのままになってしまい、世話をする人(近所の人や財団の職員)が来ない限りはサロン(腰布)などを取り替えてくれる人はいません。ウアン叔母さんは口癖のように娘婿が来るんだよと近所の人に言ってはいますが、果たして彼女は何時までここで暮らしていけるのでしょうか。
 ウアン叔母さんは、親切な近所の人たちのおかげで毎日をむかえられていますが、取替え用のサロンや車椅子などを必要としています。皆様には、是非、ご協力くださいますよう、よろしくお願いいたします。
 当財団の高齢者プロジェクトの担当者は、ソーポン・ダーラード(女性)です。

Hands Across the Water団体よりご支援 『津波ユースセンター』の建設がスタート

 


            
     Mr. Peter Bainesが代表を務める「Hands Across the Water」団体では、2004年12月26日に発生した大津波直後から被災者の救援活動を開始してきました。オーストラリア人とイギリス人から成る会員たちは、以来被災者たちに対する慈善活動に積極的に取り組んできています。この団体は、特に当財団が運営する「津波孤児センター」に対しても協力してくれています。  
   昨年は、団体の会員23人がペッブリー県からパンガー県まで800キロの距離を10日間かけて自転車キャンペーン活動に参加され、1月26日に最終目的地のパンガー県にゴールインしました。キャンペーン活動で集まった募金は、津波孤児センターの建設資金として寄贈されました。

2010年度の『子どもの日』

             

 

 タイ国では毎年1月の第2土曜日が『子どもの日』となっており、首相から全国の子どもたちに対して「思慮深く、勤勉で、善い行いをするように」といったメッセージが贈られました。

 プラティープ財団は、地域で活動を実施してきて今年で32年目をむかえますが、毎年この時期には『子どもの日』の行事を開催し、近郊地区の子どもたち約2,000人が財団建物内で数々のプログラムを楽しんでいます。また、財団以外のスラム地区40ヶ所の子どもたちに対しても一日有意義な活動ができるように支援してきています。

大津波から5年

                               

2004年12月26日、インド洋とアンダマン海域の14カ国以上を襲った大津波は、決して忘れることのできない大惨事となりました。一瞬にして228,000人もの命を奪い、タイ国内でも8,000人以上が死亡という悲報が流れ、身元不明者が多い中、行政機関やNGO団体が協力し合い、遺体の確認や被災者に対する支援活動に取り組んできました。

在タイ、スイス大使来訪

               

 去る11月25日、在タイ、スイス大使館よりMrs. Christine Schraner Burgener大使が当財団を訪問されました。Burgener大使は特に当幼稚園がモンテッソリー教育の指導法を取り入れていることに関心を持たれ、プラティープ理事長とともに各教室の園児たちの活動を視察されました。